早稲田大学 リーディング理工学博士プログラム

第3回 2017.09.21

目の前のことに全力で取り組んでください。新しい自分を見つけられるはずです

関根 知子 さん

株式会社資生堂 アドバンストリサーチセンター 先端技術研究グループ

略 歴
早稲田大学理工学部応用化学科(当時)卒業後、株式会社資生堂入社。2015年、東京理科大学大学院で博士(工学)取得。

 大学で化学を学んだ後、企業へ就職されていますが、現在の会社を志望した理由を教えてください。1-2

 子どもの頃から研究者になりたいと思っていました。虫が好きで、小学生の頃の夢は生物学者でした。中学で化学を学び、物質の変化を化学式で表せることに衝撃を受け、分子レベルで考えることの面白さに目覚めました。卒業後の進路として企業の研究職を希望するようになりましたが、研究職はどの業界も男性が多いので、体力ではかなわないであろう(と、当時は思い込んでいました)自分にアドバンテージがある業界を考えた結果、身近なものとして化粧品業界が候補になりました。当時の資生堂の「ヒトを彩るサイエンス」というキャッチコピーに惹かれ、入社を決めました。

 現在の仕事について教えてください。

 入社以来、一貫してスキンケア製品の基礎研究部門で水と油が混ざり合う乳化技術を研究してきましたが、つい先日異動になり、現在は「いままでにない化粧品」を作るための先端的なプロジェクトに携わっています。残念ながら詳しいことはお話しできませんが、まずは「自分が欲しいもの」という視点でどのようなものが開発できるか、を検討しています。また、これまでにないものですから、マーケティング部門と意見交換しながら進めるなど、より利用者を意識した視点で技術開発に取り組んでいます。

 博士号を取得しようと思った理由を教えてください。

 仕事で会う海外の研究者はみな博士号を持っており、専門家としてもう一度しっかり学びたいと感じていました。どうしようかと迷いながら、学部時代の恩師である西出宏之先生にご相談したところ、研究内容から判断して東京理科大学の先生を紹介してくださいました。また、企業で働きながら博士号を取得した、同じ研究室出身の友人が後押ししてくれたことも大きいです。2人の子どもがいるのですが、ちょうど長男が小学校に上がり少し手が離れる時期だったので、この時期を逃したら取得できないと思い決断しました。

 どのような研究で博士号を取得されましたか。

 粘土鉱物の特性・機能に関する研究です。通常、化粧品の多くには水分と油分を均一に肌にのせるために界面活性剤が使用されています。界面活性剤はべたべたした使用感ですが、その代わりに安価で安全な粘土鉱物を使用し、サラサラした使用感を出すことを目指しました。通常、企業では特許を取得していない研究を公開することはできませんが、幸運なことに当時はひとつの研究を長く続けていたため、基礎的な部分に絞って博士論文に結びつけることが出来ました。一方で、ひとつの研究を続けていたということは、なかなか商品に至らなかったことの裏返しでもあり、博士論文になることでようやく日の目を見た、とも言えますね。


2-1

 博士号の取得において大変だった点を教えてください。

 私は論文博士を選択したので、家で論文を書き、2ヶ月に1回程度の頻度で指導教授に会い、アドバイスをもらうという進め方でした。家事、育児、仕事を並行してこなす中でとにかく時間がなく、毎朝4時半に起き、夜ご飯の下ごしらえ、洗濯など家事をすませ、子どもが起きるまでの40分間に論文執筆を進めるという生活を3年近く続けました。子どもが起きている時間はできるだけ一緒に過ごしたかったので、このような時間配分になりました。長男が少年野球チームに所属しており、当番の際にPCを学校の校庭に持参して論文を書いていたら、他のお母さん方に「ここは任せて帰っていいよ」と気遣ってもらったこともありました。また、ちょうど同時期に職場で勉強会の主催もしており、そのための準備を始業前、始業後、土日など就業時間外にしていたため、時間をつくることが本当に難しく、我ながらよくがんばったと思います(笑)。

  博士号を取得して良かったと思うことはありますか。

 なによりもまず、研究者として自信がつきました。海外の人と会っても、名刺を出すのに躊躇することが無くなりました()。直接的に大きく仕事が変わったということはありませんが、博士ということで目に見えない責任も感じるようになりました。また、博士号取得後、学会の座長やインタビューなどを依頼いただく機会が増え、そこから人脈も広がっています。現在、グループに所属するスタッフの半数は博士号を取得しています。以前と比較すると学部から修士、博士課程を経てストレートに博士号を獲得した女子学生に企業の門戸は開かれていると感じています。とはいえ、まっすぐに博士課程へ進学することを躊躇する女子学生もいるかと思いますが、私のような社会人ドクターという手段がひとつの選択肢としてあると思えば、可能性が広がるのではないでしょうか。


 企業で働く醍醐味は何でしょうか。

 一番は自分が開発したものが商品として世に出て、お客様が喜んでくれる、人の役に立っているという手ごたえを確実に感じられることです。また、アカデミアと違い、面白い研究よりも沢山の人が喜び売れる研究が評価されますので、目的志向の強い研究テーマが多くなります。ひとつの商品を世に出すために、研究員だけでなく、商品化のための大量生産の技術開発、容器やパッケージ開発など、多くの専門家が係わって作り上げていきます。様々な分野の専門家が係る横断的プロジェクトとして進められていくという点は、企業ならでの面白さではないでしょうか。

 ライフワークバランスを取るために工夫されていることを教えてください。

 家事は完璧にしようと思うと無理ですので、「これだけは頑張るけど、あとは適当で良い」と割り切っていました。私の場合、ご飯だけは一生懸命作ろうと決めていました。私は片付けが苦手ですが、不思議なもので、子どもたちは得意に育ち、たまに助けてもらっています。できるだけ家族に負担を掛けずにやりたいという気持ちがあったものの、論文の締め切り近くは下の子に話しかけられても、「ごめん今無理!」という状態に陥ってしまいました。それでも「分かった~、頑張って!」と言ってくれ、博士論文発表会には子ども達が一緒に来て、私の発表を聞いてくれて、嬉しかったですね。

 後輩女子学生へのメッセージをお願いします。

 これから進む先で、自分が一番行きたいところ、やりたいことではなく、行きたくないところ、やりたくないことを任されることの方が多いと思います。そういう環境でもまずは全力で取り組んで欲しいと思います。仕事に関わらず、課外活動、地域の活動などを全力で頑張ると、あとにきっと「良い事」が残ると思います。そこから良い人間関係を築くことができたり、学ぶことがあったり、自分で気づいていなかった「こんな才能があったんだ!こんなものが好きなんだ!」という新しい発見があるはずです。

 ありがとうございました。

 

(取材者の所属等は取材当時のものです)

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